私の精神は限界だった。
思えば15年前に不治の難病が発覚して以来ずっと苦しみ続けてきた。
当時は気づかなかったが割と早い内に私の心はもう破綻していたのだと思う。
体力の低下も他人とまともに会話ができなくなったのも、全ては「自分がポンコツだから」と本気で思っていたし、現に周りもそう言っていた。
亡き祖父の空き家の中で練炭を炊いた時に初めて(俺はうつ病なんだ)と自覚したのだが、もっと早く気づいておけばよかった。その時は死を恐れて途中で断念したのだが、もしそのまま死んでいたらと思うと、まぁそれはそれで結果オーライだったのかもしれない。じいさんの家が事故物件になってしまうのは申し訳ないが……
それから「自分の精神は限界なんだ」と理解すると不思議と気が楽になり、なんだか開き直ったように生きることができるようになった。
死にはせずとも日々をヘラヘラしながら過ごせるようにはなったのだが、人生の希望や目標もそこにはなかった。
きっかけは他愛もない理由だったと思う。一人寂しい年末を迎えるのが嫌で、出会い欲しさに県内で開催されるクリスマス怪談会に参加することにしたのが始まりだ。
元々怖い話が好きだったし、怪談小説やホラー映画も沢山観てきた。
それに「当日怪談を語ってくれる一般参加者」の募集もしていたので、イチオシの実体験を披露して目立ってやろうと、迷わず語りの希望を出した。
当日は二十人ほどの観覧者とプロの怪談師数名が来ていた。調べてみると有名な方は小説本を出していたりテレビに出ていたりと、大層な活躍をされていたので、そんなにすごい人達の前で話を披露するのかと当日になって緊張しだしてしまった。
いざ出番が来ると、私はプルプルとマイクを震わせながらなんとか体験談を最後まで語りきったのだが、あまりのテンポと滑舌の悪さに悔しすぎてならなかった。怪談師の方々のお話はとても上手く、怖かったというのに。
それから私は再びリベンジすることを誓った。
まずは怪談を集めるために、無数のチャットアプリやマッチングアプリをインストールして、毎週末に見ず知らずの人と会話をすることにした。
毎度毎度「不思議な体験談持ってませんか?」と尋ねては無視される。
たまに物好きな方が私の話を聞いてくれたり、不思議な話を提供してくれたりしながら、がむしゃらに怪異収集を続け、定期的に開催される怪談会にも足繁く通い続けていると、いつしか人前で怪談を語らせてくれるようになった。
「怪談を千話集める人」と名乗り活動を続けるうちに、いつの間にか話のストックは三百を超え、話術もぐんぐんと上達していったのである。
最近では私の主宰する怪談会に足を運んでくれる人まで現れた。ありがたいものである。
怪談にのめり込み、人と出会い、不思議な話の数々を聞いて語って……泥のような人生が生き生きと輝いてきたように思えた。
鬱の症状もかなり緩和されたし
それにしても、恐ろしい話を訊いて心が癒されるというのだから面白いもんだ
新しい夢や目標も少しは見つけられたし、しばらくは死ぬことはない。とりあえずはそれでいいと思う。
自身の怪談小説を出すまでは死なずに活動していきたい。