実話怪談集

私、怪談を千話集める人が収集した実話怪談です。
youtubeでも公開しております。どうかごゆるりとお楽しみください。

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1峠の看板

 雄二さんが三十年ほど前に東北の山をバイクで走っていたときのこと。
 都市圏から東北旅行にやってきた雄二さんは、雄大な自然に囲まれた山道を大型バイクで攻めていた。はじめこそ楽しく走っていたが、次第に道幅が狭くなりはじめ、地面もスリップしやすい砂利交じりの道へと変わってきた。しばらく注意深く走っていると、道の先に看板が立っているのを見つけた。のどが渇いていた雄二さんは(喫茶店でもあればいいな)と思い、看板の前にバイクを停めた。
 おそらく手作りであろうその看板には、外国語で書かれた店の名前と「軽食 コーヒー」の文字、そして右に向いた矢印が書かれていた。確かに右には道が伸びており、バイクでも行けないことはない。しかし、結局その店に寄ることなくその場を後にしたそうである。
 その看板がなぜか卒塔婆で作られていたので、不気味に思い通り過ぎることにしたのだという。




2まがいもの

修司さんが小学生の時に体験した話。
その日、友人と遊ぶ約束をしていた修司さんは、学校から帰るとすぐに部屋にランドセルを投げ捨てるように置いて、ゲームのコントローラーを持って玄関へ向かった。急いで靴を履いてドアノブに手をかけたところ、台所の方から母親の声が聞こえた。
「遊びに行くの?」
関西に暮らす修司さんは、標準語を話す母に違和感を覚えた。
「おやつがあるよ」
 いつもだったら「おかえり」しか言わない母が妙にやさしく語りかけてくる。それに母がパートから帰ってくるのはもっと遅い時間だ。
「いいよ、今から友達の家に行ってくるから」
 そう言って家を出ようとしたが、また母が呼び止めてくる。
「修司、おいでったら」
 母は修司さんのことをいつも“シュウ”と呼んでいる。
「早くおいで」
 困惑しながらも、一度台所へ向かうことにした修司さんが靴を脱いでいると、目の前の玄関のドアが開き母親が帰ってきた。
「ただいまぁ、あら、シュウあんた出かけるん? 友達んとこ?」
そう言いながら母は台所へと向かったが、そこにはもう何もいなかった。




3合わせ鏡の部屋

 未来さんという女性が働いていたラブホテルでは、四〇五号室の清掃は必ず二人で行うという暗黙の了解があった。
「別に建物も古いわけやないし、内装も綺麗なんですけど」
その部屋は洗面所とバスルームの鏡が なぜか向かい合うように設計されており
風呂場の扉を開けると二枚の鏡がちょうど合わせ鏡のようになるのだという。
「四っていう数字は縁起が悪いから、ホテルとかマンションって、四〇四号室が無い場合が多いんですよ。だから、四〇五号室って本来は四〇四号室だと思えてしまって、余計に気味が悪いんです」
 その部屋はなぜかお客さんがほとんど利用せず、週末だろうがクリスマスイブだろうがいつでも空室で、稀に初見のお客さんが利用しても皆一時間もせずにチェックアウトして帰ってしまうのだという。
「二年前に馴染みのお客さんが四〇五号室を利用したんですけど、チェックインしてすぐに『悪いけどキャンセルさせて』って帰っていったんです」
 その方は彼女と一緒にその部屋に泊まろうとしたのだが、彼女がバスルームに入った途端泣き出してしまい、やむなく帰ることにしたのだという。
「鏡に変なものでも映ったのかって心配だったんですけど、全然違うって」
 その方曰く『何も映らなかった』そうなのだ。
「普通は彼女さんが二枚の鏡に何人も映るはずなんですけど、誰も映ってなかったって、ただ無人の洗面所が無限に映っているだけで、彼女さんがどこにもいなかったって言うんです。それからですね、二人で掃除するようになったのは」




写真

カメラが趣味の真悟さんは週末になると車で遠出し、山の風景や野鳥の姿をフィルムに収めていた。
「毎回何百枚って写真を撮っていると、心霊写真のようにおかしなものが写ることもあります。でも、それはあくまで、光や影が人間の顔や手のように見えているだけで、目の錯覚にすぎないと思います」
しかし、そんな真悟さんでも、一枚だけどうしても理解しがたい写真があるのだという。
その写真は彼が自ら撮った覚えもなく、なぜかカメラのデータにいつのまにか入っていたというのだ。
「気持ち悪いからすぐ消しちゃいましたけど、こんな写真撮った記憶もないし、大体こんなもの撮ろうとも思わないでしょう」
 その写真を最初見たときには、何が写っているのかわからなかった。写真全体が灰色に覆われており、左下に黒い文字のようなものが見えるが、かすれていて読めない。その後、真悟さんの妻がそれを見たときに初めて、至近距離で撮られた誰かの墓石なのだと気づいたのだという。




散髪中に聞こえてくる声

理容院を経営する亮さんがその日、いつものようにお客さんの髪の毛をカットしていると、どこからか大勢の人の声が聞こえてきた。店の外からでも店内で流しているラジオからでもなく、どうやら左隣の壁の向こうから聞こえてくるようだった。そこには人材派遣会社のテナントが入っており、こんな大勢の声が聞こえてくることはあり得なかった。
「なにこれ? 隣で何かやってんの?」
お客さんも不思議がっている。
結局その声はそのお客さんのカットが終わるまで続いた。

幼い子ども達がお経を唱える声だった。




人魚

美幸さんが幼い頃、家族で遊びに行った水族館で、いつのまにか両親とはぐれて迷子になってしまった。
泣きそうになりながらあたりを見回していると、遠くの水槽の中に綺麗な女性が泳いでいるのを見つけた。その女性は上半身が裸で、腰から下には魚の鱗と尾びれがついていた。女性は息継ぎをすることもなく、ゆらりと水槽の中を魚のように漂っている。不思議に思いながらも美幸さんがその水槽へ近づこうと歩き出すと、背後から自分を呼ぶ母の声が聞こえた。
振り返り母に抱きかかえられた美幸さんが、再びその水槽を見ようと顔を上げると、そこには水の抜かれた空の水槽だけがあったという。




早朝の駅

当時高校生の大地さんが、部活の大会に行くために駅のホームで電車を待っているときだった。
本を読みながらベンチに座っていると、コツコツとハイヒールの音を立てて女性が一人やってきた。その女性は全身黒い服に身を包み、顔は黒いベールで隠していた。ホームには大地さんとその女だけしかいなかったが、特別気にすることもなく本を読み続けた。しばらくして電車が到着すると、大地さんは本をしまい電車に乗ろうとしたが、先ほどの女性が見当たらない。いつの間にかホームから姿を消しており、車内にもいなかった。妙に思いながらも大地さんは電車に乗り席に座った。

その後、Dさんが下車するまで全ての途中駅のホームにその女性が立っていた。




野営

キャンプが趣味の高橋さんの楽しみは、遠出した先で野営をすることだった。管理されたキャンプ場では味わえない緊張感や解放感を堪能するのだという。
夏のある日、山の中一人テントで眠っていた高橋さんは、不審な物音で目を覚ました。時刻は午前二時、手探りで手斧を探しながらゆっくりと起き上がり、息をひそめて外の音に耳を澄ませた。確かに遠くに物音が聞こえるのだが、どうもそれが獣のものとは思えない。ザクザクと砂利の上を靴で歩くような音がする。
(人間……?)
高橋さんにとって、野営中に獣の気配を感じるということは決して珍しいことではない。むしろこのような深夜の山の中では、人の気配を感じることの方がよほど恐ろしい。
高橋さんは手斧を片手に身構え、しばらく様子をうかがっていたが、その間にも音はだんだんと近づいてきており、次第に別の音も聞こえてきた。キイキイという金属音や、コツコツというハイヒールでタイルの上を歩くような音もする。
(外に何がいるんだ?)
 それらはしばらく辺りをうろついた後、どこかへ去っていったのだが、初めて遭遇する得体のしれない何かに、高橋さんは日が昇るまで恐怖で眠れなかった。
 翌朝、高橋さんがテントの外に出てあたりの様子を確認すると、そこにはやはり人がつけたような足跡が数点と、それに、車いすを引いたようなタイヤの跡が地面についていたのだという。